不幸である権利、傷つく権利。

 

 

花ひらき、

今ここを天国に。

 

 

朝、うつらうつらしながら

「人には、不幸である権利も傷つく権利もある。」

と、ハッキリとした言葉が降りてきました。

 

 

今日は、その言葉からお話していこうと思います。

 

 

 

潜在意識の知識をお持ちの方は知っていると思いますが、
どんな不幸なこともその人が創り出していること、
さらに「得るもの」があるから創り出しています。

 

 

また、魂レベルで言うなら、

魂の成長のためにその不幸のストーリーを決めてきています。

 

 

 

 

 

不幸も、その人にとって得るものがあるから創り出している。

 

傷つくことも、その人にとって得るものがあるから傷ついている。

 

ということなのです。

 

 

 

 

でも、

 

不幸はいけない。

 

傷つけてはいけない。

 

 

 

また、

 

不幸な人を放っておいては可哀想。

 

傷ついている人には優しく慰めるもの。

 

 

 

こういった『思い込み』があると、

助けなければと”求められてもいない”のに手を出します。

 

傷ついたと泣いている人に可哀想と感じて”求められてもいない”のに慰めます。

 

 

 

ドラマや小説でもこういったことが描かれていますから、

一般的常識として助けるべきもの、

関わるべきものと思っている人は多いと思います。

 

人間界ルールですね。

 

 

 

 

この、求められてもいないのに手を出したり優しくする人は、

世の中的には「良い人」「愛情深い人」と言われます。

 

 

逆に放っておくと「冷たい人」と言われます。

 

なので、「冷たい人」と思われたくなくて、

また「良い人」「愛情深い人」と思われたくて関わっていくことも、

深層心理的にもよくあることではないでしょうか?

 

 

放っておく人を「あの人冷たい人ね!」なんて陰で非難する人もいますから。

 

 

 

 

 

でも、その不幸を創り出している人はその人自身。

 

傷つくことを作り出しているのもその人自身。

 

なぜなら、

 「得るもの」があるから創り出している。

 

 

 

 

そして、

”求められてもいない”のに、

「サポートは必要?」と相手の意思を聞かずに関わることは、

 

 

甘えを助長したり、

気づきを遅らせることになり、

魂の成長を妨げることになります。

 

 

 

人間界ルールと魂のルールは逆なんですね。

 

 

 

 

 

 

以前、路上生活をしていた青年に話を聞いたことがあります。

 

彼は、20代前半に職と住む所を失い、

路上生活をすることになったのだそうです。

 

でも、その経験がなければ今の自分はいないと言っていました。

 

 

 

なぜなら、その時のどん底の生活と、

年上の路上生活者の方の経験を聞いて初めて、

自分がどれだけ甘えていたのか気づけたから だそうです。

 

そして、

「何もかも無くさなければ気づかなかったほど、自分は傲慢でした。」とも言っていました。

 

 

 

今の彼は、そんな過去があるとは想像もつかないほど爽やかな青年です。

 

その経験から得たとても成熟した視点を持っているので、

ほんとうの意味で優しく、
人生や魂の信頼もあり、

とても心地いい対等感を感じる人なのです。

 

 

 

 

 

 

私は観えるので、その人がどうなっていくのかわかります。

 

以前は、不幸はいけないという思い込みがありましたから、

相手の意思も聞かずに関わってしまっていました。

 

 

今思うと、相手の魂にいかに失礼なことをしていたかと恥ずかしくなります。

相手の力を信じていない行為ですから。

 

 

でも、おかげで魂の学びを進めるうちに、

不幸こそ幸せへの大きなギフトだと気づき始め、

今では、世の中的に不幸といわれる状態の人でも「信頼」していることができるようになりました。

  

 

 

 

友人には、「とことん落ちればいいよ。成長するし。」なんて、

デビルな悪態もつきますしね。

 (普通は、恨まれますから皆さんはやらないように。笑)

 

 

 

人は、不幸になることで成長することがある。

 

人は、傷つく経験をすることで成長することがある。

 

 

さらに言うなら、

 

魂で決めてきているから何も心配はない のです。

 

 

 

 

 

 

不幸になる権利があります。

 

傷つく権利があるのです。

 

 

 

 

 

その人が、その不幸を体験し尽した後には、

その人に必要な気づきが起こり成長していきます。

 

 

その人が、傷つくことを体験し尽した後には、

その人に必要な気づきが起こり成長していきます。

 

 

青年のように何もかも無くして初めて気づくこともあるかもしれませんが、

気づけたら変わりますから大丈夫なのです。

 

 

側にいる人は、その人の力を信じて見守ればいいのです。

 

 

人間界ルールで、「冷たい人!」って言われるかもしれませんけどね。

 

 

 

 

 

子育てはまさにこれ。

 

子供に何かあっても「この子は大丈夫」と信じて見守るのが親ができること。

 

心配してあれこれ手を出し過保護にしてしまうと、

子供が自分で幸せになる力は育ちません。

 

 

心配されるより、
信頼されるほうが子供の笑顔は輝きます。

 

 

 

 

 

いっぱい泣いて、

いっぱい悲しんで、

いっぱい落ち込んで、

そこから気づいて変化して、この世界を楽しみましょう。

 

 

魂はこれらが素晴らしく楽しいこと知っています。

 

そして、望んで降りてきたのですから大丈夫。

 

 

 

 

 

人間界ルールと魂ルールは逆。

 

 

不幸である権利。

 

傷つく権利があること、知っておいてくださいね。

 

 

 

 

  

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