そもそも愛って何?

 

 

花ひらき、
今ここを天国に。


皆さん、こんにちは。
いかがお過ごしですか?

 

 

昨日のお話「何があっても私たちは幸せにしかむかわない」
個人メッセージをくださる方があって、
必要な人に届いた~とほ~~としました。

こうやって反応が返ってくると嬉しいですね。
Yさん、ありがとうございました。


さて今日は「そもそも愛って何?」ってお話をしようかなと思います。

 


というのも、
今朝、目が覚めた瞬間に「愛って何?」って浮かんで、
慌ててベット脇に置いてあるノートに書きとめたんです。


目覚めとともに閃いたりメッセージが降りてくることも多いので、
ベット脇にはいつもノートを置いています。

 

 

 

で、朝食を食べてからしばし「愛って何だろう???」って、
自分の中にある概念や感覚をノートに書き出していったんです。

 

いっぱい出てきましたよ。

・一体感。
・繋がり。
・エンパワメントするもの。
・美しいもの。
・大きな安心。
・安堵感。
・光。
・明るいもの。
・清らかなもの。


・身体が真から緩むもの。
・対等感。
・許される感じ。
・相手のいろいろな面も理解しようとする態度・在り方。
・時間をかけて育てるもの。
・相手の行いで、それをしていたら幸せにならないと思うことを

 ちゃんと相手に伝える(いさめる)ことができる態度・在り方。

・太陽のあたたかな陽射しのような感じ。
・温泉にようにこんこんと湧き出てくるもの。




まだまだいっぱい出てきたんですけど、

書き出した言葉を見て、
私の『愛』とはこんな感じなんだとクリアになりました。

 

頭の中でもわもわ~としていたものが、
言葉にすることで輪郭を得てはっきりするような感じでしょうか。

 




そしてさらに、

ふと仏教では「愛とは執着」とされていたな~とか、
キリスト教では「無償の愛」と言うな~なんてこともいろいろ浮かんできて、

それもノートに書いていって・・なんてことをしていって、




さらに、今の世の中ではキリスト教的な無償の愛が「愛」と言われてるけど、
それは、戦後、アメリカやヨーロッパのドラマや映画が大量に入ってきて、
テレビが普及して皆んなが観るようになって、
「愛ってこういうものなんだ」と思ったんじゃない?
(思い込んだ?のもあるかも)




戦前は仏教・神道の考えが一般的だったし、
テレビや映画もなかったわけだから、
戦前の愛は仏教・神道的な愛が一般的な考えだったんじゃないかな?

 


だったら、おじいちゃんお祖母ちゃん、両親、私たちって、

世代によって「愛」の概念ってまったく違っているよね~、
やっぱり世代間の価値観の違いなんて当然だわ、
なんて妄想していました。(笑)

 

 

皆さんは、どう思います?

 

 

 

あと、

医学的には、胎児がお母さんのお腹にいる時に、
ホルモンのオキシトシンをどれだけ浴びたかによって、
愛された・愛されなかったとなるというお話をお医者様に伺ったことも思い出して、


ますます、「愛」って???って思っておりました。

 

 



私たちは、「愛」って簡単に言うけど、


実際は、年代や育った環境や職業によっても、
愛の言葉を表す意味は大きく違うのではないかな?と思うのです。




愛されてると感じる感覚も人によってタイプがありますし。

以前、愛にはそれぞれ母国語があるとお話しましたね。




そして、多くの人の悩みの大元が、
この「愛」に由来しています。



昨日のお話でも触れた「恐怖」があると、
ネガティブ感情に囚われてしまうので、


愛でないものを愛と思い込んでしまったり、
愛を壊してしまう行動をしてしまったり。。。





そう思うと、

日々、自分の心を丁寧に感じてケアすることや、
当たり前と思っていることも、ちょっと考えてみようかなって、
棚卸し的に見つめてみることも大切なのではないかと思うのです。

 

 

パソコンのアップデートのように自分もアップデートしないとですね。

 





皆さんにとって、「そもそも愛って何でしょう?」

 



秋のひととき、ノートに思いつくまま書き出してみると、

面白い気づきがあるかもしれませんよ。


よろしければやってみてください。





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