花ひらく女性性のお話会 京都 ご感想①

 

 

花ひらき、

今ここを天国に。

 

 

皆さん、こんにちは。
いかがお過ごしですか?

 

 

今日は、女性性のお話会のご感想をいただきましたのでそちらを。

 

7月25日に京都でお話会をしました。

クローズ募集でしたのでHPでのご案内はありませんでした。

次回は、オープン募集で開催いたしますね。

 

 

 

 

 

お話会から1週間。

時間はギフトをもたらしますね。

 

 

お話会直後には言葉に出来なかったものが、

時間を経ることで熟成され、
言葉にできなかった感覚に合う言葉が見つかり、

 

 

あぁ、自分はこんなこと気づいたんだ、

こんなことも受け取っていたのだと腑に落ちていく。

 

時間は、こんなふうに私たちにギフトをもたらします。

 

 

 

 

 

実は、この時間を経て、

自分の中から現れてくるものを感じ受け取る。

 

このプロセスをゆったりと味わうことができるのが成熟した女性性。

 

 

 

 

幼い女性性の時は、

(女性性が固い蕾の時、開花初めの頃は)

 

この時間を経て受け取るものがあることに気づけていないのですが、

 

女性性の「感じる」「受け取る」に意識を向けだすと、

自分の中に、言葉にできないけれど ”何かを感じている”ことに気づき始めていくのです。

 

 

 

ですから、

幼い女性性の時は表面的な気づきに留まり、
人生のギフトを取りこぼしていることも多いのですが、

 

 

女性性が成熟するにつれ、
感じること、受け取ることが成熟すると、

人生のギフトを豊かに受け取れるようになるのです。

 

 

 

 

もし、

人生のギフトを豊かに受け取れるようになりたい、

女性性を成熟させていきたいと思われるのでしたら、

 

しばし時間を取り、

 

「感じる」

 

「受け取る」

 

に、意識を向けられることお勧めいたします。

 

 

 

 

 

前置きが長くなりましたが、

頂いたご感想、おおくりいたします。

 

 

Aさん、掲載を快諾くださって感謝です。

 

 

 

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直子さん

確信、しっかり持ち帰りました。

 

ありがとうございます。

 

 

赤裸々に生きる。

 

ご存知の通り、

それを私の生き方にしてから、

25年くらい経ちました。

 

 

こうであるべき、

こうするべき、

そんな社会通念から離れることを選び、

赤裸々に存在して来ました。

 

 

娘にはそれはとんでもない母だったことと今は分かります。

 

その渦中にはそれを分からないほどに自分を確立するのに必死だったのでしょう。

 

 

 

母を15歳で見送り、

31歳で父を見送り、

離婚し、

その中にも失ったことではなく、

得たとこ、

命の終わりに教えてられたことを大事に抱えてここまで来ました。

 

 

今、ようやく、

この生が私に教えてくれようとし続けて来てくれた大切なこと。

 

身体を持ち、この次元に生きているということ。

 

身体の意味、心の力、魂の望み。

 

それを感じ取りつつ、日々を味わっています。

 

 

望みには応えが届く、、ではなく、望む自分は応えを受け取る。

 

望みを受け取る自分に合う。

 

そうなんだなぁ〜って確信しています。

 

貴重な体験です。

 

 

 

 

ご一緒した皆んなの花が今日も美しく元気に咲き誇っているのを感じつつ。

 

ありがとうございました。

 

 

 

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この後に、もう一通ご感想を頂きました。

 

 

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先日のことをもう一度振り返ってみていて、

もう一つ感じたことをお伝えしたくなりました。

 

 

 

25日、『今日持ち帰りたいもの』との問いかけ。

そこに大きなチャンスがあったのだと気づきます。

 

 

どんな時にも降り注いでいるチャンスという愛。

それを愛と。チャンスと受け取る?

そのまま通って行く?

 

 

あの瞬間、問いかけへの応えに何を選ぶ?

 

 

自己を最大限に誇示することを選ぶこともできるし、

自分の望みにフォーカスすることもできる。

 

 

そして、望みがあったとしても、

それを空間を信じて解き放すことができる?

 

とてつもない愛を感じます。

 

 

そして、望みを持つことができることがどれだけ有り難いことなのかをヒシヒシと今感じでいます。

 

 

望もうと思っても、望みが出てこない。

 

望みがわからない、

漠然としていて。

 

ぼんやりとしていて。

 

明確じゃない。

 

鮮明じゃない。

 

 

 

なにを望む?

 

心を生き、心と共に歩み、魂と共にいつもある。

 

そうなってこそ、初めて望むことができるようになる。

 

そうなんだなぁ〜って実感しています。

 

 

模索し、途方に暮れ、

それでも何かを探し続けて、

ようやく望みを持つことができるようになったのだなぁ〜って。

 

知りました。

 

 

 

身体と共もあり、心を使い、魂と共に。

 

そうであれたからこそ、

確信を望み、確信を受け取る自分に合えたのだと知ります。

 

 

まっすぐに繋いでいただいて、

ありがとうございます。

 

 

 

直子さんの作ってくださった空間は透明で、

まっすぐ上に、

高い高い高い次元につながっていたんだなぁ〜と感じています。

 

 

 

 

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Aさん、丁寧に気持ちを感じながら言葉にし伝えてくださったこと感じます。

 

それは、Aさんが自分の心に誠実に真っ直ぐに生きてこられたから。

 

だから今、こうやって伝えてくださる女性になられたのだということがよくわかります。

 

言葉を超えたところにある、Aさんの思いも感じ、
感謝でいっぱいです。

 

ありがとうございます。

 

 

 

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女性性を開いていくということは、

女性である自分を赤裸々に生きる、

その自分を赤裸々にみる ということでもあります。

 

 

そして、それは命の持つ大きなパワーとギフトを受け取ることでもあり、

人としての器を広げることでもあり、
”きれいごと”ではない、とも言えるのです。

 

 

そして、”きれいごとではない”からこそ、
磨かれた本質がある輝く女性として存在することになるのだと思うのです。

 

 

 

 

今、女性性は成熟の時に入り始めました。

 

どうぞ、きれいごとではなく、

自分の心の真音(ほんとうの思い)から自分を生きるチャレンジをなさってください。

 

 

人生は、思ってもみないほどのギフトをもたらしてくれることでしょう。

 

 

 

 

 

花ひらき、

今ここを天国に。