不幸せを選ぶ理由はなんですか?

 

 

不幸せを選ぶ理由はなんでしょう?

 

 

「不幸せなんて選んでません!!!!!!!!」って、
言われそうですが。

 

 

でもね、残念なのだけど、
外からは「どうして わざわざ辛いことを選んでいるのかな?」と

見えているんです。

 

 

そして、「私は不幸だ!」って落ち込んでいれば、

「かわいそう・・・。頑張って。」という人が

集まってきてくれるでしょう。
欲しかった注目や愛情も得られるでしょう。

 

でも、「私、不幸なの!」が続くとその人達も離れていきます。
そして、「誰も私の辛さなんてわからないのよ!」と逆切れしたり、

 「誰も優しくしてくれない。やっぱり不幸だ」と不幸を強化していったり。

 

 

でも、その不幸ってほんとうでしょうか?

 

最近、心の仕組みが多くの人に知られるようになって、

「被害者意識」とか「悲劇のヒロイン」なんて言葉が、
随分と一般的になってきたように感じます。

 

だからでしょうね、

「あれ?私、悲劇のヒロインしてた???」って

自分で気づく人も多くなってきているように思います。

 

 

実際、私のところに来られる方も、

「もっと幸せふくらませたいんです。」って、

すでに十分幸せなんだけど、

それをもっと大きくしたい!っていう元気な方が増えていて、
いわゆる悲劇のヒロインを選ぶ人は減ってきているのかなと思います。

 

 

 

私は、世界は2つの世界があると思っています。

それは、

『ある(豊か)』と

『ない(欠乏)』の2つの世界。

そして、この世界は心がどちらを選んでいるかで、
その世界の住人になるのです。

 

世界はいつも豊かです。

 

『ある』の世界の人は、

世界の豊かさをそのまま見ることができる。
なので、自然に受け取ることができる。

 

そして、

『ない』の世界の人は、
世界の豊かさを見ることができていない。

なので、与えられているものに気づけず受け取ることもできない。

 

これは、

すでに愛されているのに愛されていることに気づけていないことでもあるし、
すでに思いやってもらっているのに気づけていないことでもあり、
同じように、すでに豊かなのに豊かさに気づけていないこと。

 

あるのに、ないと怒ったり拗ねてみたり妬んだりと。。。

 

気づけないのですね。

 

 

そして、これは心のことなので、
心が変われば、「ない」から「ある」に戻ることは簡単なこと。

 

 

嫉妬のお話の中でも書いたのだけど、
自分の心をまっすぐに観て(見てではなく、観察の観るです)
素直な気持ちに気づけば、
世界がすでに豊かだということがわかってきます。

愛されていたこと、
思いやってもらっていたこと、
豊かであったことに気づいていけます。

 

 

ないと不幸な自分を選ぶのではなく、

あるに気づいて、

豊かさや幸せを望んでもらいたいなと思います。


それが、肉体を持って生きる歓びですから。
苦しむために、小さく縛って生きるために生まれてはきていません。

 

 

不幸だ!と悩んでいるのなら、
「不幸をわざわざ選んでいるのはなぜ?」と

自分に問いかけてみてください。



心の仕組みとして、
どんなネガティブと思えることにも『肯定的意図(プラスの意味)がある』のです。

 

不幸と自分が嘆くことも、

実は得ていることがあるから選んでいるんです。

自分でも驚く答が出てくること多いですから、
ぜひ、問いかけてみてください。

出てきた答にあなたは驚くかもしれません。
それほどに本当の答を見ないようにしているものなのです。

 

そして、ほんとうの答を知った時、
大笑いするかもしれませんよ。

 

 

 

今日もあなたが笑顔あふれ幸せあふれますように。